火事はこわして消せ!

江戸時代は、とても火事が多い時代でした。
約270年間で、780件以上の火事が発生し、
記録に残る大火事は200件以上起こったといいます。

江戸時代は、あまり水を使わず、
建物をこわすことで消火しました。

「宵越しの銭は持たない」江戸っ子の性格は、
家や財産を持っていても火事で焼けてしまうことから
生まれたと言われます。

江戸の三大大火

<江戸では春と冬に火事が起こる>

火事は、春の強い南風と、冬の乾燥した北西の風(からっ風)の季節に多く起こりました。
強風によって、火はまたたく間に燃え広がったのです。

明暦の大火
(1月18日、19日)

年月日:明暦3年(1657年)1月18日、19日
別 名:振袖火事
死者数:10万7千人(推計)
山の手3箇所から出火し、両日とも北西風により延焼。江戸の大半が被災し江戸城天守も消失した。江戸時代最大の被害を出した大火であり、江戸の都市計画や消防制度に大きな影響を与えた。

明和の大火
(2月29日)

年月日:明和9年(1772年)2月29日
別 名:行人坂の火事
死者数:1万4700人
目黒行人坂から出火し、南西風により延焼。焼失した町904。

文化の大火
(3月4日)

年月日:文化3年(1806年)3月4日
別 名:丙寅(ひのえとら)の大火
死者数:1200人
芝車町から出火し、南西風により延焼。焼失した町530・大名屋敷80・寺社80。

火消には、
3つのグループがあった

江戸の火消は、武士たちを集めてつくられた「大名火消」「定火消」と、町人によってつくられた「町火消」のグループがありました。

<大名火消>

幕府が大名につくらせた火消です。兜をかぶり、派手な袴と羽織を身につけ、隊列を整えて出動しました。

<定火消>

幕府の役人でつくられた火消です。兜をかぶり、袴と羽織を身につけ、馬に乗って与力・同心を引き連れて指揮をしました。

<町火消>

町人(特に鳶人足)を集めてつくられました。頭巾をかぶり、半てんを着て、ももひきを履いていました。町人が住む町で活動しました。

「火事と喧嘩は江戸の華」

江戸時代のはじめには大名火消しかいませんでした。大名火消は城や武家屋敷以外の消火には熱心でなかったため、幕府は町人たちの火消をつくりました。町を守る町火消は、人々のあこがれでしたが、気性が荒く喧嘩が多かったそうです。

<火消の道具>

江戸時代の消火方法は、現代と同じく水をかける方法と、建物をこわして燃え広がりを防ぐ破壊消防という方法でした。

代表的な火消道具は、刺又(①)と鳶口(②)です。これを家の片側に押し当て、逆側から引いて倒しました。江戸時代の家には補強が入っていないことが多く、ねじるように力を加えると簡単につぶれたそうです。

纏(③)は「火の粉を恐れず、纏とともに後ろには退かぬ」なんとしても、ここで延焼を食い止めるという火消しの勇ましさの象徴です。

消し札(④)は火事の延焼を防いだ所に掲げられました。消し札には町火消の心意気が込められていました。

火事と喧嘩は江戸の華といわれた昔、町火消が火事場に向かって駆けつける途中、路地などに入って方向がわからなくなった時に梯子(⑤)を立て、てっぺんに上って火事の方角を確かめました。
機敏さと慎重さ、そして勇敢さが求められる梯子乗りは正に江戸の華と呼ばれました。

おたがいを『町』の名で呼びあう町火消

中央区には江戸開府以来、商業の中心地として栄え、「銀座」「日本橋」といった全国的にも有名な町名がありますが、町名は言うまでもなくそれぞれの地域の由来を持っており歴史や伝統文化を象徴的に表していました。

しかしながら明治・大正・昭和にかけて惜しむべくも姿を消した町名が数多くあります。
そんな町方の記憶に残る町名で、今でも町火消はおたがいを呼びあいます。

『駿河町さん!』、『何だい、日比谷町!?』『今朝、河岸(かし)でね…』こんな具合です。

三百余年も前から町火消は、江戸・東京で暮らす人、働く人々を、身命を賭して火事から守りぬき、今でもその末裔(まつえい)はその誇りを心にいだき、わたしたちと共生しています。
 

「い組」の受け持ち区域に残る旧町名

本町/本石町/室町/小田原町/本銀町/本両替町/本材木町/本舟町/駿河町/瀬戸物町/伊勢町/安針町/萬町/青物町/通一丁目/呉服町/岩付町/西川岸町

「ろ組」の受け持ち区域に残る旧町名

元大工町/佐内町/平松町/上槇町/下槇町/箔屋町/新右衛門町

「は組」の受け持ち区域に残る旧町名

大伝馬町/亀井町/難波町/堺町/小網町/油町/堀江町/小伝馬町/鉄砲町/高砂町/富澤町/長谷川町

「に組」の受け持ち区域に残る旧町名

通塩町/横山町/馬喰町/村松町/橘町/米澤町/豊島町/久右衛門町/橋本町/吉川町/柳原町/同朋町

「も組」の受け持ち区域に残る旧町名

南紺屋町辺/銀座町辺/三十間堀辺/丸屋町辺/数寄屋町/西紺屋町

「せ組」の受け持ち区域に残る旧町名

炭町/南槇町/南大工町/鈴木町辺/大鋸町/南傳馬町辺/五郎兵衛町/桶町

「す組」の受け持ち区域に残る旧町名

南小田原町辺/舟松町/本湊町辺/木挽町辺/南八丁堀辺

「百組」の受け持ち区域に残る旧町名

南茅場町/南八丁堀/東八丁堀/日比谷/亀島町/神田塗師町

「千組」の受け持ち区域に残る旧町名

箱崎町/南新堀町/北新堀町/南銀町/湊町/霊厳島辺

これらの錦絵を描いたのは…

◉江 戸 町 火 消 錦 絵 師

 岡 田 親

(おかだちかし)

昭和21年 京橋生まれ
昭和44年 立教大学卒業

 明治時代初期から続く老舗の寿司屋「京すし」の四代目主人であり「江戸町火消錦絵師」として高い評価を得ている。 ジャズ・ベイシストの故レイ・ブラウン氏のCDジャケットや、直木賞作家・山本一力氏の「まとい大名」表紙を手掛けるなど、各界の著名人にファンも多い。年少の頃、近所に住んでいた叔父の鳶頭(第一区元総代・塚田徳太郎氏)の影響で町火消しに興味を持ち、高校生のころから錦絵の収集を開始。二十代半ばから独学で錦絵を描き始め、現在までに2,500枚以上の作品を制作。

※岡田氏の写真は朝日新聞デジタル「江戸町火消し」の粋が錦絵に蘇るより引用
http://www.asahi.com/ad/clients/rikkyo/focus/focus04.html

『おもてなしセレクション2022』受賞


先般、江戸町火消錦絵師 岡田 親氏が描く<お名前が入れられる江戸町火消錦絵>全11作品が
『おもてなしセレクション2022』を受賞しました。
https://omotenashinippon.jp/selection/

「世界に発信したい“日本ならでは”の魅力にあふれている」と高い評価をいただいた
<お名前が入れられる江戸町火消錦絵>を、大切な方への贈りものとしておすすめします。

受賞作品はこちらから詳しくご覧いただけます。

提灯にお名前をお入れします。

提灯や消し札、扇子にお名前をお入れします。

提灯(3ヶ所)にお名前をお入れします。

京はし満津金

(まつきん)

江戸以来の町、京橋・日本橋にゆかりの深い「町火消」、「擬宝珠」、「竹河岸」などを画題にした紙製品と、店主自ら手がけるテーマ型御朱印帖の開発や、江戸町火消の粋な所作を描く岡田親氏の錦絵を京橋店とコレド室町テラス誠品生活日本橋expoで販売のほか、日本橋三越本店や有隣堂の催事に出店。 中央区観光協会主催の「中央区推奨土産品」に<江戸の華 手みやげ日本橋セット>が認定。日本在住の外国人によって選ばれる「おもてなしセレクション2022」を受賞した<お名前が入れられる江戸町火消錦絵(全11作品)>。テレビ放送は「じゅん散歩」、「アド街ック天国」、NHK総合1「ニッポンぶらり鉄道旅」他。